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南伊豆旅行その2〜山中城散策〜

さて、小田原城を出て、小雨降る箱根新道を登り、国道1号を駆け下りると途中に山中城への入口があります。ここで左折して下ると駐車場に到着。実は広い駐車場が下の方にあって、停めたところは、茶屋の駐車場だったようです。出るときに気づきました。城を見た後に、茶屋でゆっくりそばと寒ざらし団子を食べたので、茶屋の客だったということでここはひとまず。

山中城は、先ほどまでいた小田原城の支城、箱根街道の防衛線でした。しかし、豊臣秀吉の軍勢にわずか半日しか持たず、多くの戦死者を出した悲劇の城です。

当時の縄張りがよく保存・修復されていて 、こんな山の中なのによく復元したもんだなって思います。

 中央に箱根旧街道があり、それを挟むように城が築かれています。築城したのは北条氏康。小田原への街道を守るために築かれた小田原城の支城です。西の防衛拠点だったんですね。f:id:yoneba_1717:20170504191521j:image

城の入口はきれいに整備されています。

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茶屋にはパンフレレットも置かれています。これを持って歩くとよく構造がわかります。

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まず先に本丸とは反対側の岱崎出丸に向かいます。一番奥にすり鉢曲輪があります。防衛用に土塁のように周りが積み上げてあり、結果、すり鉢のようになっています。

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すり鉢曲輪の外側には一の堀があります。ぐるっと曲輪を囲む形ではなく、まっすぐに部分的に作られています。

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これが箱根旧街道です。左側が岱崎出丸で、右側が本丸です。前が三島方面になります。

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箱根旧街道を越えて、西側に入ってきました。三の丸に向かって歩いていくと田尻の池があります。ここは、馬の飲料水だったようです。この周辺はかなり湿っていて、晴れていましたが、通路には水がありました。

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ここは、元西櫓下の堀です。つつじがきれいに植えられています。

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西櫓付近の障子堀です。このような形でほとんどの曲輪が障子堀で囲まれています。今は保存のため芝が張られていますが、当時は関東ローム層の赤土でドロドロのツルツルで落ちると這い上がるのは大変だったようです。

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こちらが西櫓と西の丸。

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曲輪の間には簡易な橋が架けられています。いざという時には崩して防御するようです。

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ここが本丸跡。

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ここの障子堀は修復したばかりなのか芝がまだ若いようです。

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当日はつつじがきれいに咲いていました。4000人で守っていたところに豊臣軍が7万で襲いかかりわずか半日で落ちたそうです。街道沿いなので、兵糧攻めや水攻めで兵力温存する豊臣軍も時間をかけたくなかったんでしょう。悲劇の城ですが、花は美しく咲いています。

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1時間半ほどかけてじっくり回って茶屋に戻って寒ざらし団子をいただきました。甘い味噌ダレと抹茶塩の団子がおいしかったです。

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